西郷美炎子

1月30日千葉に生まれる。
3歳のとき知り合いのバイオリン発表会を見に行き、興奮して舞台に上がりそうになったので母が私にバイオリンを習わせました。父が仕事で全国を飛び回る人だったのでよく一緒に日本中を回り、その頃から旅好きに。(ジプシーに憧れるのはそのせいかな。)

虫1匹、木1本、命が絶える事にすごく敏感で、敏感すぎて苦しいぐらいの子供時代でした。庭に大きな池があって、1メートルの大きな錦鯉が2匹、タローとジローとなずけよく一緒に裸で泳いでました!

中学時代は思春期と重なりなんだかいろいろ苦しかったり暗かったりしてました。特に環境破壊について心を痛めていて、それが自分の事と重なって、どうしていいか分からなかったような感じです。

高校時代、キリスト教独立学園に入学。入学式のとき校長先生が『世の中が東に向かって進む列車ならこの学校は、西に向かって進む列車です。価値観を180度転換して下さい。』という言葉に感動。全寮制で70人足らず。半自給自足で、すごい山の中で、受験勉強もいっさいしないというまさに上の言葉どうりの学校でした。

私はここで山猿のごとく野山を駆け巡り、そうそう夏休みの帰省のときに、山形の学校から東京駅まで歩いて帰った事もありましたね。

東京農業大学入学。といっても探検部に入り、アラスカのユーコン川を3ヶ月、3000キロ、ゴムボートで下ったりしていて結局2年で退学。探検も好き。音楽も好き。環境問題に関心がある。とバラバラに思えて、自分は何を目指したらいいか、これらの事をどうまとめたらいいか分からずにいました。

22歳、モンゴル人と出会い、結婚。
馬頭琴奏者でもあったチ・ブルグッドの故郷に一緒に日本から帰省し、小さなモンゴルテント、ゲルの中で彼と彼の兄弟子が、遊びながら楽しそうに馬頭琴を弾き合う姿を見て音楽ってこれだよねー!と感動。そして初めて馬頭琴を見た時、これは私の楽器だ!と直感しました。

そういえば、子供の頃から馬が大好きで近くのお稲荷さんの前を通るたびに『私に馬を1頭ください。』と、手を合わせてました。(この願いは、モンゴル草原での結婚式のときに叶う。)

私の楽器!と直感したもののすぐに長男を出産したりしているうちに日々は過ぎ、馬頭琴を本格的に習い始めたのが2002年夏。 内モンゴル自治区の首都、フフホトで開催された国際馬頭琴合宿に参加。世界の馬頭琴奏者チ・ボラクの作曲した「万馬の轟」を1000人で弾いてギネス認定に参加。以来毎年、内モンゴル、外モンゴル(モンゴル国)を訪れ、現地でのコンサートに参加したり勉強したりしている。2008年、2009年には、内モンゴル首都フフホトでのチ・ボラグ新年コンサートに招かれ、2重奏合奏に参加する。

Mihowbiwaplayer日本で馬頭琴奏者として歩み始めたのは、2006年頃から。馬頭琴を師事したチ・ブルグッドと共に国内外の様々なコンサートに出演。2008年より馬頭琴奏者、美炎としてソロ活動を開始。ジャズピアニスト則岡徹さんや、琵琶弾き語りの室井三紀さんとのコラボレーションなど好評を得ています。2009年春、オリジナル曲を多く入れたCD「風がくれた物語」を発売しました。

2010年秋公開映画『13人の刺客』役所広司主演の音楽に馬頭琴で参加。