CDのレコーディング

2008年10月、突然『CD作ろう。』という気持ちがわいてきた。それまでは、『いつか作ろう』『いつか作るんじゃないかなー』『そのうち』みたいな気持ちでいたのが、『今、CD作ろう』になったのだ。この2つの気持ちは似ているようで実は違う。何も分からず資金もないし、一体どう作るつもりなのか真っ暗なように思えるのだが『今作ろう。』という決定がとにかくあると、先の方に出来上がったCDという事実に引き寄せられるようにして歩いていく感じ。(今話題の、引き寄せの法則が働いたかも。)すると協力してくれる人たちが現れて、なんとか出来上がっていくものなのだなー。はじめから頭で計画していくとこうはいかない。計画のうちならいいけど、いつの間にか思い煩いになっていて、これがないから駄目、これがそろってからでないと無理。とか思い、それが『そのうち』につながっていて、結局CDは出来上がらない。『そうだ、CD作ろう。』という思いがわいてから、今CDを手にするまでの間、時間の経過が早くていつの間にか年が明けていて、えー?もう春だよ!と、自分で驚いている。いろんな人の協力がほんとにあったから出来上がった。それにCDを作る作業に直接関わらなくても、その人たちの存在があったからこのCDになったというのがすごくある。その人たちに『ありがとう』と言えるのがすごくうれしい。CDを通して。だからとにかくまず友達や、お世話になった人に聞いてもらいたい。そんなわけでCDが出来てから、ほぼ1ヶ月は友人知人に配り歩いたり、買っていただいたりした。そしてみんなに聞いてもらって喜んでもらうと、このCDが作品になった。という気がする。CDのテーマは『今の私』だ。馬頭琴をやっていて、モンゴル民謡もっと勉強したい。とか。こういうジャンルもやってみたい。とか、いろいろあるんだけれど(これからの)とか(今までの)とか抜きにして、今の私。そのため、私の作品を中心にした。馬頭琴は、まだあまり知られていないので、馬頭琴らしい曲とか、民謡とか、そういう選択もありだったのだが、今の私。でまとめて出来上がったものを見ると、後できずいたのだが、馬頭琴の楽器の写真も、イラストもないCDになっていました。

ピアノ
てっちゃん/則岡 徹

ジャズピアニストのテッチャンは、普段から、静かな人。いつも落ち着いていて、冷静。でもピアノを弾くとなんかぶつぶつ言ったり、秘めた感情が表れてきて面白い。モンゴルには、全然縁がなさそうに見えて、毎年、伴奏の仕事でついてきていただいていて、内モンゴルも、モンゴル国も行ってるのだから、実は、モンゴル通。 テッチャンのピアノアレンジは本当にすてき。たいしたメロディーじゃなくてもたいしたメロディーにきこえるようにサポートしてくれてしまう。私の10年来の声楽の先生が、『ミホコさんのCD,もちろんミホコさんのメロディーラインもキレイだけれど、ミホコさんの力が3だとして、ピアノの方が、7ですね。』と、テッチャンのサポート力を絶賛しているうちに『いや、やっぱり、ミホコさんは2で、ピアノの方が8じゃないかしら。』 その通りデス。

オーディオレコーディング
トムさん/トム戸枝

初めて会った時、大きなおなかで長いウエーブの髪を後ろに束ねていて、ん?インディアンの人?と思ってしまった。トムって呼ばれているし、『何人ですか?』と聞いてしまった。ゆっくりしゃべる日本語も、変じゃないけど、なんかたどたどしく聞こえてしまうのでますます。(ニューヨークでのしごとがながくて、日本語の文章検索とか苦手。といっていたし。)『音は俺の人生だ。』と語っていたトムさん。はっきり言って、私は音響や録音技術の事なんかなんにも知らないので、一体どんな仕事なのかいろいろ丁寧に教えていだだきました。出来上がったCDを聞いてみると、あー、トムさんと、出会えてよかった。これまた、音響の詳しい人にコメントをもらったら、『みほさんの力は、3で、トムさんの力は7だね。』とか言われるんだろう。それだけ一流の人たちに出会えたって事も、すごいじゃないか。と開き直る。私には響きのいい音楽ホールで弾いて、ましな機材で録音すれば、それでいいんじゃ?というレベルだったので。音楽ホールで客として生で聞くと、立体的に聞こえるその音が、ただ録音しただけでは平面的になってしまうそうだ。『CDは、バーチャルの世界だからね。』なるほどー。なるべく自然のまま、みたいな捉え方でやってもらおうと思っていたのが上の一言で、そうか、世界を作り上げていくんだな。と、これが、CD制作なのか、面白いと思った。なわけで、『CD作ろう』という単純な私のきもちから、どう表現したいか、どんな世界を作り出したいか。という方へ、導いてくれたお方であります。

WEBデザイン
テリーさん/テリー マクミラン

テリーさんは日本人じゃありません。アメリカ人です。けど、今回のメンバーが、録音の日に、音楽ホールに集まった時は、一体何族の人たちの集まりでしょうか?というくらい、みんな日本人に見えない。もちろん中に外人は2人いるんだけど。テリーさんは、その体の大きさと、心の大きさがぴったりと言う感じの、大きな人。いつも驚いた目をしていて、体中で笑う。パソコンを持ち歩いていて、『インターネット面白いよ!世界中に人とつながる、いろんな事出来る!』録音のとき、初めて私の演奏を客席で聴いていて、「なんかクジラが出てきたの。』びっくりした目が、さらにびっくりしていて、『その後で、なんか峡谷みたいなトコロ?そこをなんか馬で通ってるカンジ?すっごい昔かもしれない?なにこれ?おもしろいね。』とか驚いていた。オバマさんを応援していて、そのwebサイトを作ったり、選挙戦のときには近くで一緒にテレビに出てたりしたそうだ。『ブッシュ?何あれ、やばいよー!だめー!』と叫ぶテリーさん。『アソウさん?何?あれ?いいの?ダイジョウブデスカ?』『バトウキン、beautifulねー。』彼女が、いろんな会社や、アメリカの州の広告サイトを作ったのを見せてもらい、そのセンスいいなー。とおもいホームページを、テリーさんに依頼する事にしました。

馬頭琴、トプショール
ブルちゃん/チ・ブルグッド

そもそも、「みほちゃん、CDつくったら?」と言ったのは、ブルチャンでした。1年前かな?その時は、トンでもございません。とか思ってました。それが急に、作る!とか言い出したので、ブルチャンもいろいろ大変だったと思います。
そもそも、ブルチャンの馬頭琴演奏会に、私が、1、2曲加わって、2重奏をする。くらいからはじまって、千葉市に新しく出来た、美浜文化ホールをきっかけに、『2つの馬頭琴』コンサートを主催、出演するようになって、ちょっと一人でもやってみようか。と、地元で小さな演奏会をしているうちに、自分のスタイルが出来てきました。そして、今では、あっち、こっちとか行って、一人歩きするようになったんですね。
だから、ブルチャンは、馬頭琴の先生でもあり、パートナーでもあり、育ての親、種を植えた人?とか、美炎という存在になるのに一番尽くしてくれた人です。
そして、私が、独り立ちすれば、するほど、彼の苦労とか、才能が分かってくるんですねー。何しろ、彼の父親はチ・ボラグという世界1の馬頭琴奏者と言われている人ですから、ブルチャンの苦労も並大抵ではありません。でもそのかわり、受けたものも、すごく大きかったんでしょうね。いつか、父と、私と、私の息子と、3人でステージにたって、一緒に演奏するのが夢。といってるけど、私はその中に入ってないのかよ!と突っ込もうかと思いましたが、それは野暮というものデス。

ジャケット撮影
よっちゃん/柴 仁人

実は、私のいとこの旦那さん。もちろんプロのカメラマンです。
『2つの馬頭琴』コンサートのチラシの撮影と、デザインをたのんだのが、とてもよくて、いつも、誰がとったの?誰のデザイン?とほめられる。千葉の九十九里浜も、よっチャンがとれば、モンゴルの草原。このジャケットの写真だって、千葉の八街です。しかもうちのベランダ。こっからの風景でとってほしい、と頼んだのは、私です。でも冬で緑も少ないし、あまりいい条件じゃなかったのだけど、1曲目の『空と風のうた』は、この風景を見て作った曲だし、こっからの眺めは、自分では、密かに、尾瀬ケ原?と思ってるくらい好きだから、どうしてもここでとりたかったのです。試し撮りをした時、黒い長靴を履いて、べらんだのふちにこしかけたんだけど、なかなかよくて、撮影当日、また黒い長靴をはいたら、『美炎チャンちょっと、長靴は…』と言われてしまいました。そしてその日は、真冬なのにとってもぽかぽかしたいいお天気で、写真のような薄っぺらな服で十分でした。何着るかあまり考えてなくて、よっちゃんに『白のがいいんじゃない?中に、色柄もの着ちゃ駄目だよ。』と言われ、あわてて着替えました。なんかポーズをとれと言われても、どうやんの?エー恥ずかしいじゃん。ぎこちないぞ!と思ってるうちに、パシャ、パシャ。後で撮ったのを見たら、意識してるのは、全然駄目で、とってないと思ってたときに、お日様気持ちいいなーと浸ってた写真が、結局一番よかったのだ。やっぱり、撮られるプロじゃないってことね。そして、よっチャンは、やっぱりプロって事ね。

ジャケット表字
うめこさん/桝本楳子

私の高校の時のお習字の先生です。山形の山の中にある全寮制の変わった学校だったんだけれど、うめちゃんは(かげでそうよばれてました。)100歳にして現役の高校教師、そして、この『風』という字も、100歳のときに書いたものです。この楳子先生にいつも寄り添っていたのが、華子先生で、私のおじいちゃんの妹なんだけど、楳子先生の息子の嫁でもあり、音楽教師で、私は、教え子でもあります。いつも音楽の授業の前に、『1分かん目を閉じて。地球の音を聞きましょう。』教室の周りの大きな木立に、そよそよ風がふいたり、下に流れる清流の音、虫たちの声に、あの頃の、エネルギッシュなある意味どろんこな(農作業やら、牛飼いやらしてるから。)クラスメート達と、(みんな作業に熱を燃やして、授業中燃え尽きている場合が多い。)静かに耳を澄ました、瞬間がいつでも鮮明によみがえる。私の在学中に楳子先生はなくなったけど、あの時、なくなった顔が、あまりに美しくて、アーうめちゃんは神様の所にいったんだなーと思った。私が死んだら、ハレルヤを歌って、万歳してね。と言っていた。ちょうど、クラスメートと、コーラスの自主練習しているときに、今、楳子先生が、なくなりました。と一報が来て、みんなで、ハレルヤを力一杯歌った。この題字を使わしてもらうのに、ちゃんと許可は取ったか?著作権は?と言われて、あら?たいへん!と、はなこおばっちゃんにでんわしたら、「はいはい、いいわよー。つかってもらえてこうえいだわー。」とのんきそうな声。卒業してから、いつも電話すると、むこうとこっちじゃ、違う時間が流れているのを実感する。そして、いつでも、またあの頃に戻れる気がするのだ。